読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星とか面白いこととか

とうとう社会人になってしまいました。星撮ったり思いついたこと書いたりします。たまにロードバイクで遠くに行ったりします

BUMP OF CHICKENのロストマンに何度救われたことか

f:id:Marimofmof:20151031011231j:plain

どうも。bumpの曲ってなんかすごい勇気付けられるし最高ですよね。僕はその中でロストマンが一番好きです。

今更ロストマンの歌詞解釈をしてみようかと思います。

ちなみにこちらはセントエルモの火について書いた記事です。

marimofmof.hatenablog.jp

 

 

楽曲情報

 2002年12月に発売された両A面シングルに入っている曲です。(シングル通算6枚目)。おそらく藤原が歌詞作成に最も時間をかけた歌です。歌詞制作に8か月もかけたそうです。藤原は

 

この曲を完成させるのにどうしようも無いぐらいひどく時間がかかったが、そのために費やした時間は本当に必要な時間だったと思う。自分にとって「ロストマン」の制作は次の段階に進むために必要な通過儀礼のようなものだった。

 

 と語っています。8か月もかけて書いた曲を、たった1回や10回聴いたくらいじゃ理解できるはずもなく、通算どれだけ聴いたかわからないですが、未だによくわからない点もあったりします。が、そこらへんは目をつぶって頂けると幸いです。

( http://j-lyric.net/artist/a000673/l001cf1.html ロストマン歌詞)

 

歌詞解釈

状況はどうだい 僕は僕に尋ねる

特徴的なイントロの後、この歌い出しです。bumpによくある「僕」と「僕」の登場です。「僕」=今現在の自分。「僕」=過去の自分。という構図が浮かび上がると思います。bumpはあまり他者というものを登場させないような気がします。自分の悩みは自分でしか解決できないから、曲も自分しか出てこない曲とか結構あったりします。

 

旅の始まりを 今も 思い出せるかい

選んできた道のりの 正しさを 祈った

旅の始まりを思い出せるかい?という問いかけから登場人物は僕と僕の二人で確定しました。選んできた道のりの正しさ、つまり人生の正当性を問うています。いや、問うているというよりは、「祈って」いますね。

なぜ祈るなのかと言われれば単純で、過去は不可逆だからです。一度選んだ道のりは決して訂正することができません。だから人は人生の正しさを祈ることしかできないのです。

 

淋しさなら 忘れるさ 繰り返す事だろう
どんなふうに夜を過ごしても 昇る日は 同じ

ここら辺は突飛して解説することもありませんが、一つ。「どんなふうに夜を過ごしても昇る日は同じ」

言ってみれば当たり前かもしれません。アホみたいに悩んで悩んで迎えた朝も、幸福感に包まれながら眠りにつき迎えた朝も、言ってしまえば同じ朝です。どんな人生だろうがなんだろうが、皆平等に日は昇る、と藤原は言っています。

このフレーズに何回救われたことか。bump好きの皆様なら共感してもらえると信じて書いてます。

 

破り損なった 手造りの地図
辿った途中の 現在地
動かないコンパス 片手に乗せて
霞んだ目 凝らしている

手作りの地図は自分が目指していた人生,目標,未来の事でしょう。その地図を破ろうと、つまり諦めようとした。だけど、諦めきれずに破りきれずにいる。だから歌の冒頭で「状況はどうだい」と問いかけています。

動かないコンパスは自分が人生の中で迷子になってしまったことのメタファーです。迷子になってしまったから、霞んだ目を凝らして、出口を探そうとしています。

 

君を失った この世界で 僕は何を求め続ける
迷子って 気付いていたって 気付かないフリをした

ここで出てくる「君」は、正直よくわからないです。でもまあ、「君」は、分岐点に立ち夢や目標のために前に進むことを決めた「過去の僕」なんじゃないかと解釈してます。冒頭にも書いた通り、この歌は自分以外登場しないはずなので。

そんな目標を持った僕(=君)を失ってしまった今の僕。なんのためにこの道を歩んできたかわからなくなってしまいます。ですが、迷子だと気づいていても気づかないふりをします。過去は不可逆で、戻ってやり直すことができないから。迷子に気づいても、引き返すことなんてできないから。

 

状況はどうだい 居ない君に尋ねる

1番では「僕は僕」だったのに「僕から居ない君」になっています。つまり居ない君=過去の僕という解釈がおそらく正しいということがわかります。

サビ前までは特に記述することもないので省略します。

 

強く手を振って 君の背中に
サヨナラを 叫んだよ
そして現在地 夢の設計図
開く時は どんな顔

僕はついに君にサヨナラを告げます。つまり、過去の自分を振り切ることに成功します。

「夢の設計図」は「破り損なった手作りの地図」との対比であると考えられます。つまり夢の設計図は、未来の事を指します。今まで過去の僕に固執してた僕が、過去の自分に別れを告げ、初めて未来を見据えます。

だって、過去は不可逆だから、過去に固執するより未来を見据えた方がよっぽどいい顔で居られると思うんですよ。

 

これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける
不器用な 旅路の果てに 正しさを祈りながら

人生の正解不正解なんて誰にもわかりません。たとえ過去を振り切って未来を見据えて歩き出したとしても、その判断すら間違っているかもしれません。

だからこそ、祈るしかなくて。人生っていう不確定なものを少しでも確実のものにしようと思ったら、祈るしかないじゃないか。って藤原はこの歌を通して伝えたいんだと思います。

 

時間は あの日から 止まったままなんだ
遠ざかって 消えた背中

 あの日、は分岐点から歩き出した日。止まったまま、遠ざかって消えた背中という描写からこれは「過去の僕」視点の歌詞であることがわかります。

 

 

あぁ ロストマン 気付いたろう
僕らが 丁寧に切り取った
その絵の 名前は 思い出 

ここら辺から、何がなんだかわからなくなります。とりあえず追ってみましょう。

 

強く手を振って あの日の背中に
サヨナラを 告げる現在地 動き出すコンパス
さぁ 行こうか ロストマン

 あの日の背中にサヨナラを告げてる。ということは前に進み始めたのは「過去の僕」であると考えられます。(?)

分岐点に立たされた「過去の僕」、行く先を見失った「現在の僕」。現在の僕が歩けなかったから、過去の僕も立ち止まっていたのではないでしょうか。

現在の僕が過去の僕に別れを告げたから、過去の僕は歩き出せたのかなと考えています。正直頭がこんがらがってきました。

 

破り損なった 手造りの地図
シルシを付ける 現在地
ここが出発点 踏み出す足は
いつだって 始めの一歩

こちらは分かりやすく、現在の僕視点です。過去の僕を振り切って歩き出します。踏み出す足はいつだって始めの一歩。それまで歩んできた道は関係ない。そんな風に解釈できそうな気がします。

 

君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いに行くよ
間違った 旅路の果てに

正しさを 祈りながら
再会を 祈りながら

 

過去の僕と現在の僕は別々の道を歩き出したのでしょうか。そんな二人がいつか再会を祈っている。なんで別々の道を歩んだ筈なのに、再会を祈っているのでしょうか。

それはどちらもひとりの自分だからだと考えています。現在の僕も過去の僕も元々はひとりの自分なわけで、結局その二つの「僕」を合わせないとほんとうの人生にはならないんじゃないか。だから再会を祈ってるんじゃないか。と考えています。

 

まとめ

藤原が8ヶ月かけたってのも納得な感じの歌詞でしたね。だいぶ意味がわからない箇所も多いです。

まとめると、過去に大切な決断をした僕。その大切な決断をした上で今を生きている僕。しかし、その決断は正しかったのだろうか?間違った旅路をあるいているだけではないだろうか?

しかし、そんなもん確認のしようがない。だったら過去なんて考えずに、しっかり未来見据えて歩いていこうぜ。

って感じです。だいぶあっさりしてしまった。

 

とにかく、ロストマンはbumpの中でかなりいいこと書いてある歌なので、聴いたことある人も聴いたことない人も聴いてみてね。