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星とか面白いこととか

大学生です。星撮ったり思いついたこと書いたりします。たまにロードバイクで遠くに行ったりします

星を見るために1人でニュージーランドのテカポまで行ってきた

旅行記

こんにちは。まりもです。

2017年3月20日〜3月26日までニュージーランドのテカポに一人旅に行ってきました。

テカポは「世界一星が綺麗な街」とも言われていて、とにかくいつかは絶対行きたい場所だっただけにようやく行けてめちゃくちゃ最高でした。

日本に帰ってきて7時間後にこのブログ書いてます(遅くなると色々忘れそうだったので)

 

ちなみに僕は「英語ほとんど喋れない」+「海外に行ったことがない」+「一人」という不安しかない状態での旅だったので、「テカポ行きたいけど英語喋れないしなぁ」って人はこのブログを見て勇気を出してください。テカポ最高!!

 

テカポにすべきかウユニにすべきか

テカポに行ってきたって書いてますけど、実はウユニ塩湖にもかなり行って見たかった感じだったんですよ。

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こんな感じのところ。

めちゃくちゃ最高に迷った結果、テカポに行くことにしました。

決めた理由とか↓

 

ウユニのメリット

・湖全体が鏡張りになるそのビジュアルは圧巻(最大にして最強のメリット)

ウユニのデメリット

・治安がよくない(スリとか普通にあるらしい)

・主要の宿から塩湖(写真の所)行くのにはバスチャーターする必要があり(ちょっとしたツアーみたいな感覚)、また個人でレンタカーを借りるのはどうやら無理っぽい。すなわち、ウユニ塩湖に行く際ある程度の時間的制約がある(自分は星が目当てだったのでこれが非常にネックでした)

 

テカポのメリット

・「世界一星が綺麗に見える街」と言われるだけあって、宿から一歩出ればそこはもう満天の星空。観望の自由度はかなり高い

ニュージーランド治安が非常にいい。日本と同じくらいに良い。(どっかのサイトに書いてありました)

 

テカポのデメリット

・いくら星が綺麗で観望の自由度が高くても、ウユニ塩湖のようなインパクト(鏡張りドーーーん!みたいな)がない。

 

こんな感じでメリットデメリットを検討した結果、やっぱり観望の自由度が高いテカポに行くことにしました。

ちなみに「ニュージーランドのテカポで世界一の星を見よう!」みたいなツアーはゴミだったので、(個人の感想です。テカポに2泊とかしかできない+行きたくもない謎の地で謎の観光をさせられるから)今回は全て個人で手配しました。

 

 

テカポに行くまでに準備したこと

1.パスポートの取得

2.国際免許証の取得(レンタカーを借りるので)

どちらも気合で取得しました。皆さんも気合で頑張ってください。

 

テカポに行こう

[http://:title]

 

ちなみにテカポはこの辺です。行き方は何とかしてニュージーランド南島のクライストチャーチまで飛行機で行ってください。クライストチャーチからテカポは280kmくらいです。クライストチャーチから長距離バスに乗るか、レンタカー借りるか、ヒッチハイクするか何かしらの手段でテカポまで行きましょう。

僕は自由度を優先したので多少高くなってもレンタカーを借りることにしました(結果としてレンタカー借りて本当に良かった)

 

レンタカーの会社は色々ありますが、僕は安さ優先で「エースレンタカー」という会社で借りました。

55newzealand.com

この方のブログが参考になります。

 

何やかんやで片道24時間(安い航空券だったので乗り継ぎがありました)の長旅を終え、何とかクライストチャーチにたどり着きました。気になるお天気は、、、

 

 

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しばくぞ(クライストチャーチに降り立った第一声)

 

 

テンション低めでレンタカー借りてテカポに向けてドライブ開始。(英語は中学生レベルを何とか気合いで伝えました。レンタカーとかは日本にいるときに予約してたし、"予約してた○○ですけど"って英語で言ったら何とか伝わりました)

 

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 ニュージーランドは一歩街から出ると北海道みたいな道が永遠に続きます。制限速度も100km。車も少ないし追い越し車線も定期的に用意されてるのでのんびりドライブできました。雨だけど。

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 道中、写真のように羊が放し飼いされてる場所がかなりあります。ニュージーランド、人口より羊の数の方が多いらしい。のんき。雨だけど。

 

 

そんなこんなで4時間くらいかけてテカポに到着するかなって頃、、

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 まさかのテカポに近づいたら快晴。神様ありがとう。さすが晴天率7割と噂のテカポ。

 

 

テンションかなり高くなったところで宿にチェックイン。

http://www.tekapohostelnz.com/

↑ここです。バックパッカータイプの宿とはいえ、部屋は個室(相部屋もある。個室を選びました)だし、庭は綺麗だしホスピタリティーに溢れた宿でした。

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多分宿で飼われてる猫。近づいても逃げないよ。

 

 

宿に荷物を置いて向かうのは「羊飼いの教会」です。テカポと言ったらここ。むしろここを知らずにこのブログを読んでる人はいるのか。

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 ここです。夜中になると星観望スポットになります。左にちょっと映ってるのがテカポ湖。 

 

 星以外のこと

先に星以外に体験したこととかを書きます。「星の写真見に来たんじゃしばくぞ」って人は下までスクロールしてください。

テカポ二日目にはテカポから車で30分くらいのプカキ湖というところまで行きました。

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 謎の石が積み重なってた写真しか撮ってないです。

 

そしてテカポにある世界最南端の天文台「マウントジョンソン天文台」に行きました。

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 こんなん。

中に入るには現地ツアーに申し込まなくちゃいけないみたいです。この現地ツアー、なかなかに評判が高く、日本人ガイドの人もいるし、望遠鏡で星も見れるし、天の川を背景に記念撮影とかもしてくれるみたいです(晴れてれば)。

僕は好き勝手に星を見たかったんで参加したません。あと2泊くらいテカポに泊まることになったら参加してたかも。

 

テカポ3日目は乗馬をしました。

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 うま。

 

http://www.maht.co.nz/

↑ここの乗馬クラブです。

 

2時間半乗馬できて値段は約1万円。日本だとここまで安いところは多分ないです。

そしてここは初心者でもいきなり馬に乗れて山道とか水の中とかを進めます。楽しい。

あとご一緒した方が奇跡的に全員日本人でした。nikonのカメラ持ってた女子大生が可愛かったです。このブログ見てたら連絡ください。

 

 

テカポで見た星空たち

期待してた以上の星空でした。波照間島行った時は地平線スレスレでしか見れなかった南十字座は頭上で輝いてるし、天の川は空の端から端までかかってるし、あの明るい星は何だろうって思ったらカノープスだし、見慣れたオリオン座は日本と真逆に見えるし。最高でした。3泊して3夜とも晴れてくれたんで最高だったし、月も半月とはいえ深夜2時までは登ってこなかったんで条件はかなり良かったです。

 

ただ一つだけ注意点は、深夜2〜3時ごろに、羊飼いの教会の周りで突然スプリンクラーが作動しました。僕含め撮影してたガチ勢達の悲鳴がテカポの夜に響き渡ったのであった、、、。

深夜に撮影される方は一応警戒しとくといいかもです。

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 オリオン座が日本と真逆だよ。

 

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 羊飼いの教会だよ

 

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 星空の特等席

 

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友人から奪って来た魚眼レンズ。天の川が端から端までかかってるよ。

 

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 何かしらの犬

 

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こんな感じで撮ろうとしたら

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蛾が通過して行きました。

 

 

おわりに

テカポ行こうかなって迷って人、絶対に行った方がいいです。4泊6日で22万くらいだったんですけどレンタカー借りなければ20万切るし、頑張って貯金して行った方がいいです(学生向けのメッセージ)

世界一星が綺麗な街は、正直フランスとかドイツとかアメリカみたいにドーーン!って観光地があるわけじゃないです。でも、観光地がないからこその綺麗な星空だし、そんな綺麗な星空は絶対肉眼で見た方がいいです。

 

次はウユニ塩湖ウユニ塩湖行くぞ!!!!

 

 

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BUMPの「GO」歌詞解釈。”選ばれなくても選んだ未来”とは

こんにちは。ただのbump好きです。

最近テレビのCM(グラブル)でbumpのGOがBGMとして流れてるのをよく見かけるので歌詞解釈していこうと思います。流行の曲の解釈をしてアクセス数稼ぐ作戦です。

 

楽曲情報とか

この曲は2016年2月にbumpが出したアルバム「Butterflies」の収録曲です。最近、グラブルファンタジーというゲームのCMソングとしてオンエアしています(2017年1月上旬現在)

 

www.youtube.com

↑MVも出てます!

 

http://j-lyric.net/artist/a000673/l0396da.html

↑ここに歌詞載ってます!

 

歌詞解釈

歌詞を引用しつつ解釈していくって流れでやっていきます。

 

歩くのが下手って気付いた ぶつかってばかり傷だらけ

どこに行くべきかもあいまい でこぼこ丸い地球の上

後述しますが、この曲は一人の人間の「」と「」について書かれています。

 

"歩くのが下手"=うまく人生という道のりを歩くことができない。

"ぶつかってばかり傷だらけ"=人生でつまずいた事が何度もあり傷ついている。

最初はこのような始まりです。人生をうまく立ち回れない(=歩くのが下手)な僕がこの曲の主人公(?)です。

"どこへ行くべきかもあいまい"という歌詞からもわかる通り、僕は人生において目標や信念というものをうまく見つけられずに迷子になっていることが分かります。

 

叱られてばかりだったから 俯いたままで固まった

遠くで響くトランペット 固まったままで聴いていた

このフレーズは2通りの受け取り方ができます。

1つ目は素直に受けとる場合。僕が何か悪いことをしてしまい叱られている場面が思い浮かびます。"遠くで響くトランペット"というフレーズからおそらく僕は中高生くらいでしょうか。

 

2つ目はすこし深読みする場合。

”俯いたままで固まった”=生きてく上でなにか失敗をしてしまい未来を見れずに前に進めない状態。

"遠くで響くトランペット"=自分とは遠い向こう側にいる楽しそうな人たち。叱られている僕との対比。

人生でつまずいて叱られてしまい未来を見れず前向きになれない僕。そして遠く聞こえてくる未来を見れて前向きな誰かが発した音を聴くことしかできない僕。という構図です。

 

途方に暮れて立ち止まって 泣いたら出来た水たまり

映した無数の煌めき 懐かしい声で囁くよ

俯いたまま固まってしまった僕は途方に暮れ、立ち止まり、水たまりを作るまで泣いてしまいます。しかし、その地面にある水たまりは空にある無数の煌めきを映し出します。

"無数の煌めき"=楽しかったこと、目標だったこと=宝石

人生でどうしようかわからなくなり立ち止まり下を向いた僕は、空に輝く無数の煌めきに気付きます。無数の煌めきとはつまり楽しかったことや目標だったこと。歌詞にある言葉を使えば宝石ということになります。

 

余談ですがbumpにはGOを初めとして「途方に暮れて地面を見たらそこには空が映っていた」というような構図の歌詞がいくつか存在します。(地面と空ということで「上下構図」と勝手に名付けます)

 

プラネタリウム(四畳半⇔宇宙)

四畳半を広げたくて部屋にプラネタリウムを作る歌です(余談なのでだいぶ雑な説明)

ここでは四畳半が地面、プラネタリウムが空に該当する上下構図です。

 

メーデー(潜る⇔上がる)

君に嫌われた君を助けるために僕が水たまりに潜る歌です(雑)

ここでは(水たまりに)潜るが地面、(君と一緒に呼吸をするために)上がるが空に該当する上下構図です。

 

③stage of the ground(大地に立っている⇔飛ぼうとした)

「迷いながら間違いながら歩いてくその姿が正しいんだ」のフレーズでおなじみの曲です。

ここでは大地に立っているが地面、飛ぼうとしたが空に該当する上下構図です。

 

④ハルジオン(ハルジオン⇔虹)

道端に咲く名もない花に勇気を見出す歌です。

ここではハルジオンが地面、虹が空に該当する上下構図です。

 

以上のようにbumpはたびたび「何か小さいものとそれに対応する大きなもの」ってな感じの構図で曲を展開させていってます。もちろんGOもその中の一つです。

 

余談おわり。

 

心が宝石を生む度に 高く浮かべて名前付けた

忘れられてもずっと光る 星空は君がつくったもの

先ほど「無数の煌めき」とありましたがそれがこの宝石のことです。宝石を浮かべたのは「心」。名前を付けたのは「体」。宝石を忘れたのは「体」。

宝石を忘れてしまったから、僕は立ち止まっていたことがここでわかります。

 

身体は必死で支えている どこであろうとただついていく

強くなくたって笑いたい 涙を拭った勇気の手

ひとつ前のフレーズが「心が」であったのに対してこのフレーズは「身体は」で始まっています。この対比は、一人の人間の心と身体について歌っていることを強調させる効果があります。

心が宝石(=目標、信念)を生み、強くもなく歩くのも下手な僕はただ「ついていく」ことを決心します。

「涙を拭った勇気の手」というフレーズからも途方に暮れて立ち止まった僕から一歩前に進んだ状態ということが分かります。

 

また余談になりますが、「ついていく」というフレーズはセントエルモの火でも登場します。

 

解り合おうとしたら迷子になる 近くても遠くてややこしくて面倒な僕らだ

だからついて来たんだ 解り易いだろう ちょっとしんどいけど楽しいよ

(注:セントエルモの火の歌詞です)

僕と君の距離感についてのフレーズで「ついていく」が登場します。僕と君はどんなに仲が良くても結局は他人同士。完全に解り合うのは不可能です。だからこそ君に「ついて来た」という意味です。

bumpは無責任な肯定や勇気付けというものを一切しません。今ある弱い自分を肯定した上で、その先のことを歌います。だからこそ無責任な相互理解という綺麗事ではなく「ついていく」というフレーズを使ったんだと思います。

marimofmof.hatenablog.jp

↑以前セントエルモの火についてはブログ書いてます!よかったら見てね!!

 

余談おわり。

次は2番です。

 

皆が走って先急ぐ サーカスが来たってはしゃいでる

なんとなく僕も走りたい チケットも持っていないのに

"皆が走って先急ぐ"=未来に向かって真っすぐ歩んでいる人の比喩

周りが走っているから「なんとなく僕も走りたい」と考えます。しかし、チケットを持っていないことを自分が何よりも知っています。

"チケットも持っていないのに"=サーカスを見ることが出来ない=みんなと同じように未来に向かって真っすぐ歩めない

 

叱られるって思い込む 何か願った それだけで

ぶつかってばかり傷だらけ だけど走った地球の上

何か願っただけで叱られると思い込んでいる僕。1番の歌詞に「叱られてばかりだったから~」というのがあり2通りの解釈ができると書きましたが、「何か願ったそれだけで」というフレーズから後者の解釈が正しいことが分かります。

 

どうしたくてこうしたのか 理由を探すくせがある

人に説明出来るような 言葉に直ってたまるかよ

"どうしたくてこうしたのか"=人生において自分が決めてきた道に理由を求めてしまう。

何か願っただけで叱られると思い込んでいる僕。しかし、「人に説明できるような言葉に直ってたまるかよ」と恐怖を克服し前に進んでいきます。

 

とても素晴らしい日になるよ 怖がりながらも選んだ未来

君の行きたい場所を目指す 太陽は今日のためにあった

体は本気で応えている 擦りむく程度はもう慣れっこ

喜んでいいものなのかな 一生今日が続いてほしい

 "怖がりながらも選んだ未来"=ぶつかっても、傷だらけでも、叱られても恐れずに前に進むことを決心し選んだ未来

"君の行きたい場所を目指す"=君(=心)が望んだ未来へ向かっていくこと

ここの歌詞でも、心と体の対比が行われています。「君の行きたい場所を目指す」に対しての「体は本気で応えている」です。心が望んだ未来(=とても素晴らしい日)に向かうために擦りむく程度は気にせず僕(=体)がついて行っています。

 

誰かが誰かを呼んだ声 知らない同士 人の群れ

辺りは期待で溢れた 僕だって急いで走った

前半で出てきたサーカスの歌詞と似せてきています。違う点に関しては「チケット(=目標)を持っていない」か「傷付いても前に進めるか」という感じです。前半に比べて見違えるくらい前向きになっています。

 

何かが変わったわけじゃない 何かが解ったわけじゃない

ゴールに僕の椅子はない それでも急いで走った

思いをひとりにしないように 

"何かが解ったわけじゃない"=「どこであろうとただついていく」とあったように相互理解をしたのではなく、ついていっているということ。つまり心を必死に体が追いかけているということ。

"ゴールに僕の椅子はない"=椅子が用意されていない=必要とされていない=ゴール(=未来)に到着しても報われるわけではない

ゴールに僕の椅子がないことが分かっていても、急いで走った僕。それはなぜでしょうか。理由は歌詞に書いてあります。「思いをひとりにしないように」。自分自身から発せられた思いは宝石となり忘れられても光り続けています。その宝石に追いつけるのであれば、たとえ報われる未来じゃなくても走ってやろうじゃないか。という歌詞です。

 

またまた余談ですが、「ゴールに僕の椅子はなくても急いで走る」と似た内容がロストマンにもあります。

 

間違った旅路の果てに

正しさを祈りながら

注:ロストマンの歌詞です

 これはたとえ、過去の自分が間違った選択をして、今現在間違った人生(=旅路)を歩んでいたとしても、その人生や選択に正しさを祈ろうじゃないか。という歌詞です。

「今ある現状を認めたうえでその先について語る」というのがbumpの特徴って言いましたがこの歌詞にそれが凝縮されている気がします。

 

marimofmof.hatenablog.jp

ロストマンについて以前書いたやつです!よかったら見てね!!

 

余談おわり。

 

とても素晴らしい日になるよ 選ばれなくても選んだ未来

ここまで繋いだ足跡が 後ろから声を揃えて歌う

 "選ばれなくても選んだ未来"=少し前の「ゴールに僕の椅子はない」にかかっている言葉だと思います。ゴールに椅子がないとわかっていても(=椅子を置く人に選ばれなかったとしても=報われないことが分かっていたとしても)その未来を選んだという意味。

正直、この「選ばれなくても選んだ未来」の解釈がめちゃくちゃ難しかったです。それと同時にこのフレーズがこの歌詞で一番伝えたこと、核の部分になっていると思います。

選ばれなくても選んだ未来でも、それを受け入れて傷付きながら歩んでいく過程こそが素晴らしい日になるってことなんじゃないでしょうか。「ここまで繋いだ足跡が後ろから声を揃えて歌う」というフレーズも、歩んできた過程を肯定している意味の内容だと思います。

 

心が宝石を生む度に 高く浮かべて名前付けた

強くなくたって面白い 涙と笑った最初の日

 "強くなくたって面白い"=たとえ歩くのが下手でもこれから歩いていく人生を肯定する意味。

"涙と笑った最初の日"=自分の現状を受け入れることができた状態。

「涙」と「笑う」という相反する言葉は、「傷だらけの体」と「宝石を生む心」というように、相反する心と体との折り合いがついた状態を表します。すなわち過去や現在、未来の自分を肯定することができたという意味です。

 

何かが変わったわけじゃない 何かが解ったわけじゃない

でこぼこ丸い地球の上

誰かが誰かを呼んだ声 知らない同士 人の群れ

でこぼこ丸い地球の上

 この歌詞全体を通して登場する「でこぼこ丸い地球」という言葉も、「でこぼこ」と「丸い」という相反する言葉です。相反する二つのもの(心と体)について歌っているからこそ、何度もこのフレーズを出したんだと思います。

 

 

まとめ

一見明るそうに見えてPOPなメロディーなのに、歌詞はめちゃくちゃ難解でした。一人の人間の心と体の相反する内容を歌った歌です(無理やりまとめる)

最後に、コメントとかしてくれるとめちゃくちゃ嬉しいです(ここはこうなんじゃね? とかでも全然嬉しい! bumpは100人が聞いたら100通りの解釈がありそうなバンドだから!)。ツイッターとかでこの記事呟いてくれたらもっと嬉しい!(定期的にエゴサしてこの記事呟いてくれてる人をRTするという迷惑になりかねない行為もします)

 

星野源のおかげでうちのオカンの偉大さに気付いた話

こんにちは。星野源のファンです。嘘です。

 

以前こんなブログを書きました。

marimofmof.hatenablog.jp

記事の内容を要約すると「音楽、役者、小説等さまざまなフィールドで活躍する万能君よりも、普段は目立たないけど文化祭の後夜祭の時にめちゃくちゃカッコいい演奏をしちゃうような日陰者の方が個人的に好き。だからスクールカーストの上位にいるような星野源を僕含めて一部の人がいけすかないと感じてしまう」というものです。

全教科90点の人より、ある教科だけ100点でのこりは30点みたいな人の方が個人的に好きだなーってのがあるので。

 

星野源、わりとファンも多く、ファンからしてみたらその記事は"いけすかない"と感じてしまうらしく、様々な批判コメントが来ました。

その中に「あなたの言っていることは間違いです。源さんはくも膜下出血という非常に重い病気にかかって闘病生活を送っていました。スクールカースト上位の万能君なんかじゃなく、必死に頑張った努力家なんです」というものでした。

 

その批判コメントを読んで僕は自分のオカンのことを思い出しました。

 

うちのオカン、15年くらい前に、くも膜下出血を10日で完治させてたからです。

 

 

くも膜下出血について

 

くも膜下出血ってなんぞや、って人がほとんどだと思います。ちなみに僕も最近まで名前しか知りませんでした。

クモ膜下出血は、を覆う3層の髄膜のうち、2層目のクモ膜と3層目の軟膜の間の空間「クモ膜下腔」に出血が生じ、脳脊髄液中に血液が混入した状態をいう。脳血管障害の8%を占め、突然死の6.6%がこれに該当するといわれる。50歳から60歳で好発し、男性より女性が2倍多いとされる。

(クモ膜下出血 - Wikipedia)

また、くも膜下出血発症した人の30%が死に至り、30%の人は死なずとも後遺症が残ります。また、再発の危険も高く、非常に危険な脳の病気です。

ネットの情報なので厳密には誤りがある可能性が高いので、「非常に危険な脳の病気」ということだけ覚えておいてもらえれば大丈夫です。

 

星野源くも膜下出血を発症し、一度は完治したがまた再発したらしい

批判コメントをくれた方が教えてくれたようなことがネットの記事になっていたので載せます。

news.livedoor.com

詳細は引用した記事に詳しく書いてあります。その記事からさらに一文引用します。

 

「今すぐにでもベッドの頭上にある窓から飛び降りたい。早く死んでしまいたい。こんな拷問のような痛みはもうたくさんだ」

 

この文から、いかにくも膜下出血が過酷な病気で、いかに星野源が頑張ったかがわかります。確かになんでもできる万能君という認識は改める必要があるかもしれません。

 

うちのオカンはくも膜下出血を気合で治した

昔話になりますが、たぶん15年くらい前、めちゃくちゃ丈夫なうちのオカンが突然救急車で病院に運ばれました。くも膜下出血という病名を聞かされた時「クモが真っ赤?? のんきな病気だなぁ」という感想を抱きました。周りの大人からは「まぁ、風邪のすごい版みたいな病気だよ(大嘘)」と聞かされたので安心しきってました。

 

10日後、すっかり元通りになったオカンは家に戻ってきました。オカンは「ツバつけて気合で治した。10日もかかっちゃたけど」と言っていました。

その後、オカンは倒れることもなく今も元気に生きてます。

 

オカンが「ツバつけて気合で治した」。周りの大人は「くも膜下出血は風邪のすごい版だからたいしたことないよ」という当時小学2年くらいの僕を心配させまいと必死についてくれた嘘のおかげで、くも膜下出血=たいしたことない変わった名前の病気」くらいの認識で今まで生きてきました(偶然テレビや本でこの病気の恐ろしさを知る的なこともなかったので)

 

だから、星野源くも膜下出血との過酷な闘病生活を送っていた」「くも膜下出血は3割が死に至り3割が後遺症を残す恐ろしい病気」「窓から飛び降りたくなるほどの痛み」っていうことを知ったときは心から驚きました。

 

驚きと同時にオカンの偉大さに気付きました。3割の確率で死に至る病気にかかった恐怖をものともせず、痛みに差はあれど、窓から飛び降りたくなるほどの痛みに耐えて10日でくも膜下出血を完治させ、子ども(僕)には「ツバつけて気合で治した。風邪のすごい版だしたいした病気じゃないよ」と言い切り一切の不安を与えませんでした。

死の恐怖と戦って、それを乗り越え、戦ったことすら悟らせなかったオカンは本当に偉大だと思いました。(昔話おわり)

 

まとめ

星野源もすごいけどうちのオカンはもっとすごい。

 

 

ヤバイTシャツ屋さんというバンドがそこそこヤバイと思う

ヤバイTシャツ屋さん

こんにちは。音楽評論家です(嘘)

 

この前偶然「バイTシャツ屋さん」という服屋みたいなバンドを見つけたんですけど、あまりにもハマりすぎてその翌日にはCDを買いに行ってました。

なので今回はヤバイTシャツ屋さんのヤバイポイントを紹介していくブログを書いていこうと思います。

 

バイTシャツ屋さんは2012年に大阪府で結成された日本のロックバンド。メンバーはこやまたくや(gt.vo)、しばたありぼぼ(ba.vo)、もりもりもと(dr)。2012年の結成以降何度かの活動休止・再開を経て2016年にユニバーサルミュージックからメジャーデビューを果たす。

ヤバイTシャツ屋さん - Wikipedia ) からいい感じに引用

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 既にヤバイ

 

バイTシャツ屋さんのここがヤバイその1:歌詞がヤバイ

このバンドの一番の特徴は唯一無二の歌詞です。とりあえずこの前発売したアルバムの収録曲を見てください。

 

We love Tank-top(ヤバイTシャツ屋さん)

1.We love Tank-top

2.Tank-top of the world

3.あつまれ! パーティーピーポー

4.無線LANばり便利

5.DQNの車のミラーのところによくぶら下がってる大麻の形をしたやつ

6.週10ですき家

7.ZIKKA

8.喜志駅周辺なんもない

9.ウェイウェイ大学生

10.天王寺に住んでる女の子

11.L・O・V・Eタオル

12.流行のバンドのボーカルの男みんな声高い

13.ネコ飼いたい

 歌詞がヤバイ以前にタイトルが既にヤバイ感じです。13曲中10曲位気になる曲ある感じですよね。今回は「ネコ飼いたい」の歌詞を載せてみます。ついでにライブ映像も。

 

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www.youtube.com

 ちなみにボーカルのこやまさんはネコアレルギー、ドラムのもりもとさんは犬派、ベースのしばたさんは既にネコを飼ってます。誰がネコ飼いたいのか。

 

バイTシャツ屋さんのここがヤバイその2:ベースの人の声の可愛さがヤバイ

このバンドのボーカルはギターのこやまさんとベースのしばたさんが歌ったり歌わなかったり同時に歌ったりしてる感じです(ドラムのもりもとさんはたまにコーラス担当)

ギターのこやまさんの方はTHEバンドといった感じのかっこいいボーカルに対して、ベースのしばたさんはTHEガールズバンドといった感じのかわいいボーカルです(miwaとかSISHAMOとか方向性はそんな感じ)

歌詞のインパクトとしばたさんの声のかわいさ+こやまさんのイカした声のかっこよさで一度聴いたら確実に忘れらない感じのバンドです。

www.youtube.com

ちなみにこれアメリカで撮影されたらしいです。アメリカなのに曲の半分は室内にこもってる。

 

 

バイTシャツ屋さんのここがヤバイその3:MCがヤバイ

二個前に紹介した動画「ネコ飼いたい」の最初の方を見た人なら薄々感づいていると思うんですけどMCが完全に漫才みたいになってます。

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この前中継してた何かしらのフェスにヤバイTシャツ屋さんが出てた時の画像です。これは曲に喜志駅や天王寺やなんばが登場するため一番最初に用語を解説してるシーンです。コントみたいになってる。

www.youtube.com

これは完全に漫才と化したMCです。

 

おまけ:公式HPがおかしい

ヤバイTシャツ屋さん 公式サイト

10年くらい前の古き良きインターネットサイトみたいな雰囲気がものすごいです。そして公式HPなのに嘘が多すぎる。

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本人たち曰く、ガールズテクノポップユニットで50代女性をターゲットにしてるらしいです。

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ベースとボーカルはMAN WITH A MISSIONのメンバーらしいです。

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ディジュリドゥをメンバーとして募集してるらしいです。

 

 

そこそこヤバいけど音楽は最高

バイ部分が多くてコミックバンドかな?と思ってしまうけど、実際曲を聴いてみるとめちゃくちゃかっこいい曲大量に作ってます。自分たちが本当にやりたい音楽をやってる感がすごいし、こういう曲(に限らずだけど)、ライブに行って演奏者と客が一体となって完成する感あるし、めちゃくちゃライブに行きたくなるようなバンドです。

メジャーデビュー後の初アルバムがオリコンウィークリー7位っていう異例中の異例の結果を出せた事実も、彼らの音楽が最高って事実を裏付ける一つの要因になってます。

ツアーも始まってるらしいのでみんなCDを買おう!

bumpと地下アイドル好きの男子大学生がART-SCHOOLとTHE NOVEMBERS主催の対バンに参戦してみての感想

考えたこと

こんにちは。まりもです。2016年7月10日に開催された「ART-SCHOOR × THE NOVEMBERS presents KINOSHITA NIGHT × KUBI」という対バン形式のライブに参加してきました。なのでここでその感想を書いていこうと思います。

 

ちなみにワタクシ、出演バンドの曲をほとんど一曲も聴いていない状態で参加してきました。理由は後述するとして、bumpと地下アイドルしか知らないような大学生が全く知らないバンドのライブに初見で参加したときの感想。ということです。なのでファンの方からしたら「違うだろ!」って感じるところあると思うんですけど、温かい目で見守ってください。

 

出演バンドの曲も聴かずに対バンに行った理由

今回行った対バンの参加バンドは4組。

1.ART-SCHOOL

2.THE NOVEMBERS

3.polly

4.Burgh

です。これを読んでくださっているみなさんはおそらく2組とかそれ以上は知っているし、知ってるから対バンに行ったと思います。しかし僕はライブといえば年に1回行くbumpのライブと、気が向いたら行く地下アイドル(妄想キャリブレーション)のライブにしか行ったことありません。そんな僕が上記のようなバンドを知る機会もないですし、きっと行く機会も生まれるはずありませんでした。

 しかし何のいたずらか、THE NOVEMBERSのギターボーカルである小林さんのブログを目にする機会がありました。その時目に入ってきた文章を下に書きます。

 

沢山の共演者や、音楽関係者は皆口を揃えて、僕たちのライブの空間を特殊だと言う。褒め言葉でも貶し言葉でもなく。
空間は、関わった全ての人で作るものだから、僕からすればいつだって、どんな形だってそれは“自然”なのですが。
きっと、THE NOVEMBERSのライブの空間の中では、いろんなものが“ノイズ”になりやすいと思う。それを“ノイズ”と捉えるかどうかは人によるけれど、隣にいる人の“楽しみ”は尊重しよう。それは回り回って、あなたの“楽しみ”を守る事にもなるはずだから。そういう気持ちから自然発生するのがマナーだと思う。(ルールではない)

http://the-novembers.com/weblog/page/2/ 2014年1月27日の記事より引用させていただきます(原文より、色を変えて一部太字に改編してあります)

 

 

僕たちのライブ空間を特殊だと言う」までは分かります。みんなと同じことをやるのが嫌いな人が音楽をやってるみたいな所ありますから。だけど「THE NOVEMBERSのライブ空間では、いろんなものが"ノイズ"になりやすいと思う」は正直理解不能でした。ノイズって何? そのバンドのライブに行くといろいろなものがノイズになるの? 一体どんな音楽を演奏して歌ってるの? という風に疑問しか湧いてこなかったです。ライブというものにあまり行ってませんでしたが、それでも通常、ライブでノイズになりえるものなんてありません。せいぜいマナーの悪い客くらいです。ただ、この人はそういったことをノイズとたとえたのではないことは容易にわかりました。ライブ空間を特殊にしているのは、彼等の音楽であり、彼等の音楽の元では何かしらの力が働いて周りが"ノイズ"になる。僕はそう解釈しました。

 

その解釈が正しいのに(なんとなく正しいという確証はありました)、ライブに行かないなんて選択肢はありませんでした。その文章を読んだ時点で一番近い日程で開催されるチケットを予約し、当日を待ちました。ほかのバンドの音楽は目当てでなかったので聞いてないですし、THE NOVEMBERSもノイズはライブじゃないと発生しないみたいな言い回しであったので彼等の音楽も聞かずに当日を待ちました。(追記:なんで中学生の感想文みたいな書体になってるんだろう)(しかし直さない)

 

全くの初見で4バンドを見ての感想

そんなこんなで恵比寿にある普通サイズのライブハウスに出向き、律儀にTHE NOVEMBERSのライブTシャツまで買って(一曲も聴いたことないバンドのライブTシャツ着てる人って超めずらしいとか考えながら)、客席に入って、前から三列目の左寄りに収まりました。ライブハウス行ったことある人ならわかると思うんですけど、全員が「前がいい!」って感じでもないので早く入ったのに後ろの見やすい位置を陣取る人とかも結構います。

なので前のほうに行くのはそこまで苦じゃありませんでした。なぜ前に行ったかと聞かれたら「せっかくチケット代払ったんだから近くで見ないと損じゃん!」という何ともありきたりな理由です。左側に行ったのは僕がベース大好きだからです(弾けるわけじゃないです)

風の噂で「今日の対バンはそこまで激しくないからヒールでも安全。荷物を預けなくても大丈夫だよ」と聞いていたのですが、にわかには信じがたかったです。アイドルのライブの前のほうなんて埼京線の満員電車をマイルドにした感じですし、bumpでもアリーナ席に荷物を持ち込むのはマナー違反だったりします(座席が用意されている場合を除く)

でも、実際客席に行ってみるとほとんどの人が荷物持ったままでした。どんだけ安全なんだ今日のライブはとか考えてました。ライブも界隈が変わればマナーやルールなんて180度変わるっぽいです。

 

以下、初見でライブを見た感想です。THE NOVEMBERSはまとめて最後に感想を書きます。

 

polly

一組目のバンドです。ちなみに僕のライブの着眼点はわりと特殊なので「何言ってんだコイツ」とか思うかもしれません。

このバンドを見ての感想としては、「ベース仕事してるな」です。

演奏中、ボーカルはもちろんベース、リードギター、ドラム全員の手元だったり目線だったりを見てました。そのうえで、ベースの仕事っぷりに感動しました。

いろんな意見あると思いますが、主にバンドを構成する3つの楽器(ギター、ベース、ドラム)の中で一番下に存在する音がベースです。下に存在する音というのは音程の話ではなく、音楽の構成の話です。音楽というものはギターとドラムとベースによる積み木のようなものです(当然、これ以外の楽器を使うバンドだったりクラシックも音楽だったりしますが、ここで使う"音楽"は、この日僕が見てきた音楽です。なのでバンド限定の意味)

その積み木の一番下、土台を担っているのがベースです。そしてベースの上にはドラム、その上にギターがあります。しいてボーカルを挙げるとすれば積み木の一番上、三角形の部分です(積み木って一番上が三角形のやつってイメージあるので)

さて、そんな積み木で目立つのはもちろん一番上です。誰も積み木の土台なんて気にしません。でも、その土台が不安定であったり脆かったりしたら、そんな立派な積み木も崩れます。つまり音楽というものはそういうものです。

ベースの音に合わせてドラムは演奏し、そのドラムの音を聞いてギターやボーカルは演奏します(もちろんベースの音を聞きながら演奏するリードギターもいます。が、その逆はいないです)。つまり、バンドにおいてもっとも重要なのはベースである。これが僕の持論です。ベースが崩れたバンドは文化祭で高校生が演奏するような勢いだけの音楽を紡いでしまいます。

 

話を感想に戻します。pollyというバンドを初めて見たのであくまで感想ですが、めちゃくちゃ上手! というわけではありませんでした。でも、このバンドのベースは、音楽の土台として他三人をリードしていました。

ライブ中、ドラムが走る(演奏が早くなってしまう)場面があったとき、ベースの人はドラムの方まで移動してドラムの人と目を合わせながら演奏していました。それによりドラムのテンポは戻りベースの人も自分の持ち位置に戻っていきました。

僕は素人だし初見なので、もしかしたらあの時ドラムは走ってなかったかもしれないです。でも、僕の目からは明らかにベースがドラムをなだめているように見えました。

目の前で音楽が創り上げられてるんですよ。完成した曲をお披露目するのがライブだと考えているならそれは違うと思います。人間は生きてるから、その人間によって生み出される音楽も生きてます。バンドってのは音楽という生き物を生み出してるんだから、その都度何かしらの修正なりをしないと音楽は死にます。高校生の文化祭で演奏される音楽、あれは死んでます(僕はその音楽も大好きですけども)

ごちゃごちゃ言いましたが、このバンドはベースが素晴らしく、目の前で生きてる音楽に触れることができました。

あとボーカルがコミュ障をこじらせた藤原基央みたいでした(僕はそういう人も好きです)

 

Burgh

二組目のバンドです。ちなみに一組あたり持ち時間45分位です。

pollyがいい感じに音楽を創ってくれたので今回も期待して見てました(もちろんボーカルとギターベースドラム全員をくまなく)。このバンドはわりと激しめな音楽らしく、ドラム激しいボーカル叫ぶ、ベースも音量でかくてスラップしまくってる! みたいな勢いの音楽でした。ベースが落ち着いていないのに妙に演奏が収まってるな、って思ってリードギターの方を見て驚きました。

他の三人が激しく動きながら演奏してるのにリードギターだけ一歩も動かず機械みたいに正確なリフ刻んでたからです。違和感がすごかったです。三人激しく一人めちゃくちゃおとなしい。

でも、そのリードギターはおとなしいだけじゃなかったです。常に体を左に(ボーカルの方)に向けて演奏してました。あくまで予想ですけど、彼は正確なリフで他三人の演奏の下に入り込むベース的な役割もしてたんだと思います。強い。

そして疑問だったのは、そのリードギターの人、シールドをギターのストラップに通さずにアンプに繋いでいたんですね。何言ってるかわからない人ごめんなさい。

通常、ギターとアンプをシールド(ギターにつなぐケーブルみたいなの)で繋げるときにはストラップという部分に通すことで演奏中シールドがギターから抜けにくくしています。今まで見てきたギタリストは全員こうしてました(初心者の高校生を除きます)

それなのにその人はシールドをストラップに通さずに演奏していました。それこそギター教本の5ページ目くらいに書いてあるくらいの当然のことなので、ものすごい疑問で演奏に集中できなくなるレベルでした。 

あまりにも疑問すぎて、本人のtwitterにリプして聞こうかと思ったんですけど、どうやらその人ファンからのリプライは返さない派らしくて仕方なくほかの人に聞きました。

 

聞いたのは神奈川県本厚木を中心に活動しているロックバンド「君ノトナリ(@kimi_tona_)」のギターボーカルの「鈴木穂高さん(@Hodaka_Suzuki)」です。

 

Q.かくかくしかじかで、シールドをストラップに通してなかったんですけど、これってなにかメリットあるんですか?

A

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ということらしいです。バンドをやってらっしゃる方でも明確な答えが分からないというあたり、真相は闇の中です。奇跡的に本人とお話しする機会があったら聞いてみます(理由分かる方いましたらコメント欄にお願いします)

 

ART-SCHOOL

4組目のバンドです。順番前後してますけど気にしないでください。最初の二組のバンドは後の二組のバンドに比べて知名度がなかった&3組目のTHE NOVEMBERSはファンがおとなしいタイプのバンドだったので、演奏が始まったときに前に客が押し寄せたのはART-SCHOOLだけでした。

 やっぱり10年以上やってるだけあって若手バンドより圧倒的に演奏が安定していました。特にリードギターの方は、歌詞を口ずさみながら&客席の方を見ながら演奏していたのでなかなかよかったです。あと見た目がその日見た人の中でダントツでバンドマンでした。

 実質このバンドが主催みたいな対バンだったからか(最後に演奏してたのでたぶん?)、彼らだけまともにMCがありました。ボーカルギターとリードギターの二人が仲好さそうに話しててファンもよく笑ってるナイスなMCだったんですけど、ベースとドラムの人は一切しゃべらなかったので疑問に思い、後で調べてみるとベースとドラムはよくメンバーが入れ替わるみたいです。完璧な初見でも「ボーカルギター/リードギター」の2人と「ベース/ドラム」の2人の間に溝っぽいものが見えた気がするのでちょっとうーんって感じでした。(音楽性の違いもあるしこればっかりは仕方がないと割り切るしかないのか)

 

ちなみにまた言いますが、偉そうに感想言ってますけど僕はアイドルとbumpのライブにしか行ったことないし、4組のバンドも音源をほとんど聞いたことないしメンバーの名前も誰一人知らない状態で演奏を聴いてるのでなんか見当違いな感想でも気にしないでください。

 

THE NOVEMBERS

さて、この対バンライブに行くきっかけになったバンドです。果たしてノイズとは何だったのか理解することができたのか。

結論から書きます。なんとなく理解できたっぽい(たぶん)

 

再度引用します

きっと、THE NOVEMBERSのライブの空間の中では、いろんなものが“ノイズ”になりやすいと思う

http://the-novembers.com/weblog/page/2/ 2014年1月27日の記事より引用させていただきます(原文より、色を変えて一部太字に改編してあります)

 

これの意味を知るためにライブに行きました。

考えた結論としては、THE NOVEMBERSのライブ空間の中では、客の聴覚と視覚を完全に操ることで、触覚,思考などを麻痺させる。そうした状態の客は、彼らが与える音楽(=聴覚)と光景(=視覚)以外の情報をノイズと認識する」です。解説していきます。

 

まず、このバンドを見て感じた特徴は、ギターボーカルの足元に置かれたエフェクターの膨大さです。正確に数えてはいませんが、たぶん20個弱はあったと思います(ふつうは5個くらい?)。そんでもって、めちゃくちゃ「音」にこだわっているということが特徴だと考えました。ギターの音やベースの音、そしてボーカルの声をすべて等しく「音」と捉え、演奏してる印象を受けました。

そしてそんな風にこだわってる音ですけど、ボリュームもこだわってました。ボーカルの人が一個のエフェクターを踏むと謎の雑音が大ボリュームで流れます(ちなみにライブ後、3日間耳鳴りが止まらず病院に行ったレベル)

綺麗な音の調和の演奏かと思ったら突然の大雑音。聴覚の権利を放棄したかった。そうしてTHE NOVEMBERSは僕の聴覚を操ることに成功しました。

 

次に視覚。演奏中何度もフラッシュが巻き起こりました(1秒間に4回くらい光を点滅させることでめっちゃチカチカする初めて見た演出)。僕はそのフラッシュをみて「ポケモンショック」を思い出しました。たぶん子どもが長時間THE NOVEMBERSのライブを見たら高確率で病院行きです。ポケモンショックとたぶん同じ要領で倒れる。

ポケモンショック - Wikipedia

 

実際は長くて10秒ほどだし、客は大人なので倒れませんが、それでも倒れる8歩手前くらいまでは追い込まれます。視覚の権利も放棄したかった。そうしてTHE NOVEMBERSは僕の視覚を操ることに成功しました。

 

聴覚、視覚を放棄したいレベルの演奏を聴いていると、それ以外の触覚や思考が麻痺してきます。倒れる8歩手前のチカチカと病院に行かなきゃ止まらない耳鳴りを聞かされてる状態で、思考や触覚を制御できる人がいたら連絡してください。

 

そうして麻痺した思考下においては、あらゆるものに思考を巡らせることができなくなります(自分の体=触覚のことや、隣に立ってる客のこととか)

そういう意味で、彼らはノイズという言葉を使ったんだと理解しました。文学的な表現をするならば、音が人間を操っていた。です。(ちなみにラノベしか読みません。とらドラ最高!!)

marimofmof.hatenablog.jp

 

 

音楽の可能性

音楽ってすごいな。って小学生のように今まで考えてました。

その理由としては、離れた人と同じ曲を媒介にしてつながることが出来る点とある出来事が起きたときに聴いていた曲を何年も後に聴くと、その時のことを鮮明に思い出せる点。です。

今回の対バンに行って、音楽の魅力に「音が人間を操れる点」ということを追加しました。

 

SEKAI NO OWARIの深瀬が「初めてギターを見た時、この限りある音の組み合わせで音楽を作るという数学的なものに不自由さを感じた」と言ったのはみなさんご存じかと思います。僕はこの発言に真っ向から対抗したい。限りある音の組み合わせで作られた音楽は、人間同士の繋がり、過去の記憶の再生、人間の制御といった可能性を秘めており、そしてまだまだ可能性はあるって思います。ドラゲない。以上。

 

ちなみに耳鳴りは無事完治しました。もう行かないぞ。

とらドラ!から見るライトノベルという文化と、何故とらドラが売れたのかという考えをまとめてみる

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こんにちは。オタクです。

とらドラ!って作品を知っていますか? ハルヒに次ぐ名作として一部界隈から人気のある作品ですが、知らない人はとことん知らないと思うので今回はその作品について書いていこうと思います。

ちなみに画像は中学生の頃に幕張メッセまで行ってもらってきたとらドラ!陣のサインです。大掃除してたら卒業アルバムと一緒になって出てきました。

 

ライトノベルという特殊な文化

ライトノベルノベルを知らない皆さんは「そもそもライトノベルってなんなの? 村上春樹だけ読んでればよくない? 村上春樹サイコー!」といった意見でしょう。まず、ライトノベルとは何かについて考えていきます。まず引用から。

※調べたところ、とらドラ!シリーズの売り上げは380万部、これは村上春樹1Q84シリーズの300万部を超えるほどの売り上げです。参考までに。

 

表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若者層向けの小説

ライトノベル - Wikipedia

 

とあります。表紙に可愛い女の子(男の子)が書いてあったらそれはライトノベルですね。

では、村上春樹有川浩などといった一般的な小説(わかりやすいように個人名出しましたが、特に意味はないです。みなさんは好きな小説を思い浮かべてください)と、ライトノベルで大きく違う点は何でしょう。

それは「行間を読む」という文化があるかないかという違いになると思います。一般的な小説にはこの行間を読むという文化があり、それが読書の醍醐味の一つともいえるでしょう。天才と言われているような小説家が書いた小説ほどそれは顕著で(太宰治くらいしか読んだ事ないけど許してください)、小説の文章から書かれている情報以上のことを読者が受け取り、物語を紡いでいきます。

一方、ライトノベルにはこの行間を読むという文化が無いといってもいいでしょう。それはライトノベルが小説ではなくエンターテイメントであるから、と言い切ってしまって差し支えないと思います。そもそもライトノベルが若者向けであるように、それを書く人も若者が多かったりします。高校生が書いた小説がそのまま書籍化された話とかもよくあります。

ライトノベルがエンターテイメントである理由としては、第一にセリフの多さというものが挙げられます。ライトノベルを読んだ事ある人なら分かると思いますが、圧倒的にセリフの量が多いです。それもそのはず、書く人の能力が未熟であっても簡単に状況を表現するにはセリフを多くする他に手段がないからです。セリフを多くする事でテンポを良くして、コメディを表現してエンターテイメントとして落とし込んでいます。

第二に妄想を具現化したライトノベルが多いという事が挙げられます。ハルヒと愉快な仲間たちがワイワイしたり、学園都市で戦闘を繰り広げたり、はたまた生徒会に所属してハーレムを構築したり。作者や読者の妄想を具現化したものが多いのがライトノベルの特徴です。

 

以上二つの理由から、ライトノベルには通常の小説のような行間を読むという醍醐味は無く、代わりに妄想を具現化して分かりやすい状況表現をしているものが多いです。

 

小説とライトノベルは、文字という同じ媒体を使ってはいるものの、その方向性は全くといっていいほど違い、この二つを比較する事は非常にナンセンスであると言えます。ライトノベル読むくらいなら村上春樹読むわ。ライトノベルの文体って稚拙だし」という意見をよく耳にしますが、こういった意見はライトノベルをあくまで小説の一種として扱ってしまうからであって、ライトノベルを「ライトノベルというジャンル」としてのエンターテイメントで捉える事が出来れば、このような自体は避けられます。あと、村上春樹はみんなが知ってる小説家の代表として出してるだけなんで特に気にしなくて大丈夫です。夏目漱石でも山田悠介でも星野源でもその辺の人に置き換えてもらって構わないです。

 

以上をまとめると、ライトノベルは一般人が想像するような小説とは全く違う土俵の作品であるということです。

 

何故、ハーレム物やツンデレ物が量産されるのか

タイトルの通りです。エンターテイメントを追求したライトノベルというジャンルは、何故ハーレム物が多かったりどの作品にもツンデレが存在しているのかという問いです。

答えは、「思春期男子の憧れだから」と言えます。思春期の男子はTo LOVEるのようなハーレムに憧れますし、ルイズのようなツンデレと仲良くなりたいと思っています。それは全女性が川上洋平を好きなのと同じくらい当たり前の常識です。僕も川上洋平みたいになってギャル曽根みたいな彼女を8恒河沙人(ごうがしゃ、10の52乗)くらい作りたいです。

 

余談は置いといて、ハーレムを作るのも、ツンデレと仲良くなるのも、川上洋平になるのもほとんど不可能です。だからせめてその妄想をライトノベルというものにしようと考えるのです。幸い、ライトノベルは初心者でも書けますし、売れれば可愛い絵がついて小説家されますし、それがさらに売れればアニメにも映画にもなり得ます。思春期男子がアニメ化の夢を見て己の妄想を文章に落とし込むのとライトノベルというものになると言っても過言ではありません。

思春期男子の妄想なんてたかが知れてます。だから、ライトノベルは似たようなパターンやキャラが多くいるのです。かぶってるパターンほど、思春期男子の憧れってことです。

 

高校生活をモチーフにしたライトノベルがほとんどなのも、思春期男子の想像力ではまだ見ぬ大学生活を想像する事が出来ず、目の前の高校生活を題材にしているという理由が考えられます。

 

とらドラが売れたのはライトノベル的要素に小説的要素を加えたから

やっととらドラの話題です。とらドラ知らない人のために一応説明を載せておきます。

 

桜舞う四月。高校二年。新しいクラス。
目つきは悪いが普通の子、高須竜児は、ちっちゃいのに凶暴獰猛、“手乗りタイガー”と恐れられる逢坂大河と出会う。

そして彼女の知ってはいけない秘密を知ってしまい――。
それが竜虎相食む恋と戦いの幕開けだった!
いつもにこにこ、超マイペース娘の櫛枝実乃梨
文武両道、勤勉実直、だけどちょっとずれてるメガネ委員長、北村祐作も絡み、どこか変なメンツによる恋はすんなりいくはずもなく……!?
わたしたちの田村くん』の竹宮ゆゆこ&ヤスが贈る超弩級ブコメ登場。

とらドラ! レビュー

 

あらすじだけ見るとどう見てもよくあるライトノベルです。どうしてこれがシリーズ全10巻で380万部も売れたのでしょうか。

売れた理由としては、第一に徹底的にライトノベルとしての作品だったから、という事が挙げられます。登場人物は主に5人、男2の女3。クスッと笑ったり爆笑できるようなネタを散りばめたコメディ。キャラクターにもツンデレが当然のようにいるし、優等生君現役読者モデルの美人さん若すぎるお母さんまでいる。徹底的に思春期男子の妄想を落とし込んだような設定である。(作者は三十路の女性ですが)

主人公とヒロインがお互いの親友を好きになるというこれもまた目が痛くなるようなライトノベルっぷりです。ここまで徹底的にライトノベルとしての掟を守りまくっているのも珍しかったりします。よく言えば安心して読める作品ですね。

 

その安定したライトノベルとしての土台に立って竹宮ゆゆこが描いたのは、徹底してこだわり抜いた恋愛作品です。これが第二の売れた理由です。

竹宮(作者)が描いたのは、ハルヒのようなSFでもなく、SAOのような戦闘系でもない、ただの恋愛作品です。しかし、ライトノベルにはとらドラのような恋愛作品はあまり多くはありませんでした。

それは、作者のしたい事がどうしてもSFであったり戦闘系であったりハーレム系であったりに偏ってしまうという点と、単純な恋愛作品を書く技術を持ち合わせていないから、という点です。

しかし、竹宮にはそのスキルがあったから、恋愛作品を書いたのでしょう。(天才的なスキルではなく、全体でみたら平凡なスキルです。ただ、ライトノベルの中では中々に上手であると言えます)。竹宮が女性であったというのも大きな要因として考えられます。

 

さて、そんなライトノベルな土台の上で展開された恋愛ですが、中々に複雑でドロドロなものでした。女の子の主要登場人物3人がそれぞれ深く考え、葛藤の中で恋愛をしていくというという構図ですから、ささいな心境であったりを描く必要があります。それはもはやライトノベルという枠を超え、小説という領域に足を踏み入れた作品であると言っても過言ではありません。当然、行間を読むという小説ならではの文化も存在しています。

ライトノベルの妄想を具現化した設定に、ドロドロの恋愛要素という小説チックな要素を合わせて鍋で煮込んだのが、とらドラという作品です。

 

そんなライトノベルと小説のいいとこ取りをした作品は、珍しいわ面白いわでバカ売れするに決まってます。これがとらドラが売れたという僕なりの考えです。

一見したら、ライトノベル。よく読んだら、恋愛作品。だけどキスシーンは最後の最後まで出てこないという軽さもある。(壮絶なネタバレごめんなさい)

そんな不思議な作品が、大衆にウケたのでしょう。

 

終わりです。

完全に余談なんですけど、気まぐれで一部記事に広告つけたんですけど先月の広告収入10円でした。ネット広告のトップベンチャーファンコミュニケーションズ仕事してくれ。(ファンコミュニケーションズの皆さんからの内定をお待ちしております)

 

おわり。

 

歌詞に「ドア」「扉」を多用するBUMP OF CHICKENとその解釈

BUMP OF CHICKEN

どうも。bump好きの大学生です。

これを読んでる皆さんはおそらくbump好きだし、bump好きなら多分全曲聴いたことあるはずだと思ってるのでその上でこれを書いてます。

 

最近気づいたんですけど、bumpってやたら「ドア」「扉」を使ってる印象があります。「そのドアに鍵はない」や「そうやって作った頑丈な扉」であったり。

 

今回は、そんな「扉」や「ドア」を使用している曲を見ていくことで、その曲たちにある共通点を明らかにしてみました。

 

目次です。

1.ラフメイカー

2.車輪の唄

3.プレゼント

4.虹を待つ人

5.太陽

6.同じドアをくぐれたら

 

 

1.ラフメイカー

最初に、該当箇所の歌詞を引用します。

 

ドアを挟んで背中合わせ しゃっくり混じりの泣き声

膝を抱えて背中合わせ すっかり疲れた泣き声

今でもしっかり俺を 笑わせるつもりか ラフ・メイカー

今ではアンタを 部屋に入れてもいいと思えたが

困った事にドアが開かない 溜まった涙の水圧だ

そっちのドアを押してくれ 鍵なら既に開けたから

ウンとかスンとか言ってくれ

逆側の窓の割れる音 鉄パイプ持って泣き顔で

「アンタに笑顔を持って来た」 

 

以上が引用になります。ラフメイカーはご存知に通り、泣いている「僕」と笑わせたい「ラフメイカー」の二者によって成り立っています。

なかなかドアを開けない「僕」を見て泣き出す「ラフメイカー」。""ドアを挟んで背中合わせ""というのは文字通りの意味です。ここで出てくるドアは、「僕」と「ラフメイカー」の距離を表します。

""困った事にドアが開かない 溜まった涙の水圧だ""、この描写からも、ドアは二人の距離を表しています。ここでいう距離は、精神的距離よりかは物理的距離のことでしょう。

 

""逆側のの割れる音""、たぶんこれが一番大事です。「ドア」が開かないから「窓」を割ってくる。部屋の入り口は窓だけではないという意味ですね。

余談ですが、「同じドアをくぐれたら」では""窓のない部屋""という歌詞があります。そのことからも分かるように、藤原はドアの対義語を窓としたということでしょう。

 

まとめ

ラフメイカーにおけるドアは、僕とラフメイカーの物理的距離を示す現実的な意味でのドア。

 

 

2.車輪の唄

以下、引用です。

響くベルが最後を告げる 君だけのドアが開く

何万歩より距離のある一歩 踏み出して君は言う

泣いてただろう あの時 ドアの向こう側で

顔見なくてもわかってたよ 声が震えてたから

 引用おわり。車輪の唄はかなりの人気曲かと思います。徹底した風景描写も人気のひとつかなって考えてます。

正直、車輪の唄は今回に関してはあまり深堀りするような内容はありません。

""君だけのドアが開く""これが一番重要です。ドアは誰しもが通れる訳ではなく、一人一人専用のドアがあります。同じドアをくぐれたらにも、""もう気付いただろう 僕に君のドアは見えない""とあります。

 

車輪の唄も、一見したら普通の風景描写としてのドアですが、こうして多角的に着目すると「車輪の唄で一番伝えたかったのは、""君だけのドア""ということではないのか」という説も出てきます。bumpの場合、一曲一曲にとらわれず、広い視点での歌詞解釈のほうが有効かもしれません。

 

まとめ

車輪の唄におけるドアは、風景描写としての物理的距離という役割のほかに、ドアは""他人のためのドアを僕は開けることができない""ということも同時に表していると考えらます。

 

 

3.プレゼント

まずは引用から。

そうやって作った 頑丈な扉

この世で一番固い壁で 囲んだ部屋

どころが孤独を望んだ筈の 両耳が持つのは

この世で一番柔らかい ノックの音 

このままだっていいんだよ 勇気も元気も生きる上では

無くて困るものじゃない あって困ることの方が多い

でもさ 壁だけでいい所に わざわざ扉作ったんだよ

嫌いだ 全部 好きなのに

 

 この曲は、前の二曲に比べて抽象的になっています。前二曲が実在する部屋のドアや電車のドアを表していたのに対して、この曲は(この曲以降に紹介する曲も)、精神的な意味での「扉」であると考えられます。

""そうやって作った頑丈な扉  この世で一番固い壁で囲んだ部屋""ここでいう部屋は心の中の部屋で実在しません。つまり""頑丈な扉""は心を閉ざしていることのメタファーです。

 

「ドア」も「扉」も本質的な意味に変わりはないと考えられ、精神的な部屋を題材にしているなら、扉は自分の中身をさらけだすために必要な扉であるし、""この世で一番柔らかい ノックの音""というのは、隠した自分を見つけてくれる「君」の登場を待ちわびているということのメタファーであると考えられます。そのことは""壁だけでいい所にわざわざ扉作ったんだよ""ということからも見て取れます。

 

まとめ

プレゼントにおける扉(ドア)は、精神的な扉のメタファーであり、さらに部屋を作った上で扉を作ったということは、隠した自分を見つけてくれる「君」の登場を待ちわびていることが見てわかる。

 

 

4.虹を待つ人

引用です。

 

言えないままの痛みが そっと寄り添って歌う

使い古した感情は 壊れたって動く

見えない壁で囲まれた部屋 命に触れて確かめている

そのドアに鍵は無い

開けようとしないから 知らなかっただけ

初めからずっと自由

まず、""見えない壁で囲まれた部屋""ですが、一個前のプレゼントでも出てきた ""この世で一番固い壁で 囲んだ部屋""と意味的にはほぼ一致することがわかります。さらに""そのドアに鍵は無い""というのもプレゼントの""壁だけでいい所に わざわざ扉作ったんだよ""とほぼ一致します。

虹を待つ人とプレゼントから分かる、藤原が伝えようとしてる共通点は「人間誰しも本当の自分を自分の中の部屋に隠してるけど、その部屋には扉だってあるし、鍵もないし、誰かからノックされるのを待っている」ということです。

 

まとめ

虹を待つ人とプレゼントの扉(ドア)や部屋という単語の意味が、比喩の観点から一致しています。

 

 

5.太陽

引用です。

二度と朝には出会わない 窓の無い部屋で動物が一匹

ドアノブが壊れかけていて 触れたら最後 取れてしまいそうだ

もう一度 朝と出会えるなら 窓の無い部屋に 人間が一人

ドアノブが壊れかけていて

取れたら最後 もう出られはしない

出れたら最後 もう戻れはしない

 この曲は正直よく意味わかってないので(解釈という意味)、詳しいことは言えませんが、主人公(歌詞の視点)の人が""窓の無い部屋""にいてその部屋は""ドアノブが壊れかけていて""というわけです。

この曲は前二曲とは少し雰囲気が違う。虹を待つ人とプレゼントは部屋に閉じこもっていて且つドアに鍵をかけていなかったりなんだかんだ助けを歓迎(?)していた。一方、太陽は少し違います。

君のライトを壊してしまった 窓の無い部屋に来て欲しかった

それが過ちだと すぐに理解した

僕を探しに来てくれてた 光の向こうの君の姿が

永遠に見えなくなってしまった

それが見たかったんだと気付いた

 上の引用にあるように、確かに""窓の無い部屋に来て欲しかった""と言っています。しかし、窓もなければドアノブは壊れかけていて""取れたら最後 もう出られやしない""とあります。助けを呼んでる割には、プレゼントやラフメイカー、虹を待つ人のように部屋に人を招く状態になっていない。 部屋に閉じこもっていて、でも本当は助けて欲しいが、部屋に来てほしくない。ということがわかるります。部屋に来て欲しいのならばドアノブは壊れかけていないはずであるからです。

 

まとめます。ラフメイカー、車輪の唄は物理的な意味でのドア」。プレゼント、虹を待つ人は精神的な意味でのドアであり、君に助けてもらう準備ができている状態」。太陽は「精神的な意味でのドアであり、しかし君に助けてもらう準備ができていない状態」。

 

まとめ

太陽のドア(ノブ)は、精神的な意味でのドアであり、君に助けに来て欲しいが、助けてもらう環境が整っているとは言い難い状態です。

 

 

6.同じドアをくぐれたら

これで最後の曲です。ラスボス。

もう 気付いたろう 目の前のドアの鍵を

受け取れるのは 手の中がカラの時だけ

手に入れる為に捨てるんだ 揺らした天秤が掲げた方を

こんなに簡単な選択に いつまでも迷う事はない

その涙と引き換えにして 僕らは 行ける

もう気付いただろう 僕に君のドアは見えない

同じドアをくぐれたらーー と願っていたよ

さぁ 時は来た 繋いだ手を離すんだよ

カラになった手で それぞれの鍵を受け取ろう

 今まで見てきた視点で解釈していくと、精神的な意味での「部屋」であり、また、鍵をうけとろうとしているという事から部屋から出ようとしているという事が分かります。

しかし、鍵を手に入れる為には捨てなければいけない。(=""手に入れる為に捨てるんだ"")。また""もう気付いただろう僕に君のドアは見えない""という部分は""君だけのドアが開く""という車輪の唄と似た意味です。手に入れる為に捨てなけらばならない事に気付いていて、僕に君のドアは見えないという事にも気付いている。つまり、部屋から出ようとしているのです。そういう意味では「太陽の部屋の外に出る決心がついた状態」と言えます。

 

さいごに

タイトルにもある""同じドアをくぐれたら""ですが、歌詞の中にも""それぞれの鍵を受けとろう""というフレーズがあるように、同じドアをくぐることはできません。理想(タイトル)と現実(歌詞)を対比しているようにも取れます。

 

少し話が逸れますが、同じドアをくぐれたらという曲はロストマンとよく似ています。

marimofmof.hatenablog.jp

 

「ドア」「扉」にまつわる曲の総まとめの曲が同じドアをくぐれたらだと思うし、ロストマンも作詞に相当の時間を費やしているだけあって非常に深いテーマで展開されている曲です。

同じドアをくぐれたらとロストマンが似ているのは、同じ時期に作られたからだという考えもできますが、藤原が本当に伝えたいからこそ、別の視点で書いたのに似た意味を持っているという考え方がしっくりきます。

殻に閉じこもるのも自分だし、そこに鍵をかけるのも扉を作るのも、窓を作るのも自分である。そしてその部屋を出るのも自分自身であり、君と一緒に僕は同じドアをくぐることはできない。

 

藤原が書く歌詞は、一度たりとも「根拠の無い自信(君なら出来る!自信を持って!)」という内容が無い。自分という現実を肯定して後で、そのあとの未来や今について言っているだけであり、自分の中で完結するような曲が多いです。

 

通常、歌詞解釈は一曲ごとにすることが多いですが、今回「ドア」「扉」というキーワードに注目して解釈をしてみました。同じキーワードが使われているので、やはり同じような世界観の歌詞でまとまっていました。これを読んだbump好きのみなさんもこういう感じで解釈していくと面白いと思います。僕は結構おもろかったです。